酒の泉
さけのいずみ

2024/10/20(日)

あらすじ

むかし、むかし、とてもかわいそうな男の子がおりました。幼い頃、

父を亡くし、十三歳の時には母を亡くして一人きりになってしまいま

した。一人残され途方に暮れていると、近所の雑貨屋の主人がやって

きました。その人は男の子を見て気の毒に思ったのでしょう。家に連

れ帰って、その子の面倒をみることにしました。男の子はもう十分に

店の手伝いができる年頃でしたので、毎日、お店のまわりを掃除した

り、お客さんの御用聞きに出かけたりして、いつしか主人の信頼も得

るようになりました。

数年が経ち、男の子は今や立派な若者に成長し、前にもまして一生懸

命働きました。

ある晩のことです。若者が御用聞きから戻ってくると、何となくお酒の匂いがするのに主人は気

づきました。

「息が酒臭いな。」と思いました。

次の日は、顔を真っ赤にし、機嫌よく歌いながら戻ってきました。きっと御用聞きの途中でお酒

を飲んだに違いありません。主人は、彼を呼び寄せ咎(とが)めました。

「お前さん、酔っ払っているね。第一、お酒を買うお金などないだろう。どこでお金を手に入れ

たのだ。集金の銭(ぜに)をくすねたのか。それとも何か悪いことにでも手を染めたのではない

だろうね。」

「大声で歌なんか歌ってすみませんでした。反省しております。誓ってもいいです。お酒など飲

んでいません。長年のご恩も決して忘れたこともありません。ご恩に報いるため一生懸命働いて

きました。お金ですか。ああ、そのことなら心配ご無用です。あれが、ご主人さまの言う酒とい

うものでしたら、天からの贈り物です。」と若者は答えました。

「天からの贈り物?何のことだ。」ご主人は口をよじらせ、苦笑いをしました。根っから疑って

いるようでした。

「信じられないのも、ごもっともかと思いますが、実は、昨日、山のせせらぎの脇で泉を見つけ

たのです。ずっと歩き回って、のどがカラカラでしたので、その泉を見つけると、手ですくって

飲んでみました。その水のうまかったこと。その味が忘れられず、今日もまたそこに行ってきま

した。」

若者は、ほろ酔いの原因を主人に信じてもらおうと真剣でした。

「お前がうそではないというのなら、私をそこに案内してくれ。あればよし、なかったら許さん

ぞ。」

若者は、おいしい水を飲んだその泉に、主人を連れて行きました。

「一口飲んでみればわかります。」と言うと、若者は両手で水をすくうと、主人の口元に差し出

しました。主人は、若者の手の中の水を、口に含んでみました。驚いたことに、それはまさに酒

でした。これほど上等の酒はめったに味わえるものではありません。

主人は若者にうれしそうに言いました。

「これはうまい。こんな上等な酒は初めてじゃ。酒屋を開いて日本一の酒を売ろう。」

さっそく、主人は酒屋を建てると、酒を貯蔵する大きな樽や、商いに必要な道具を用意し、まず

は樽に酒を入れてみました。一樽詰め終り、ほっとすると一杯飲んでみることにしました。

「おかしいな。酒ではなくただの真水だ。」と声をあげると、もう一回口に入れてみましたが結

果は同じでしたから、この上なくがっかりしました。主人はあの泉に急いで戻って、水をすくっ

てみましたが、もはや酒ではありませんでした。

若者を呼び寄せると、文句を言いました。若者が水をすくって飲むのを、主人はじっと見つめま

した。若者の顔が見る見る赤くなるではありませんか。若者が飲んだのは明らかに酒でした。

主人は何事か合点したのでしょう。若者にこう言いました。

「この泉は、天からの私への褒美と思ったが、どうもお前への褒美のようだな。お前に酒屋の店

も道具もそっくりあげるから、お前が商いをしなさい。」

酒の泉はその後も枯れることはなく、若者の商いは順調に進みました。そして酒屋だけでなく、

雑貨屋の商売もうまく行くようになりました。主人と若者はお金持ちになりました。いつしか若

者は「酒長者」と呼ばれるようになりました。めでたし、めでたし。


: 50


寓話

物語

関連

© 2025 新解釈物語 | All Rights Reserved.