賢い猪と猿
かしこいいのししとさる

2024/10/19(土)

あらすじ

むかし、むかし、日本の中ほど信州(長野)という所に一人の男が住んでいました。

猿回しや動物の芸を見せて暮らしていました。

ある晩のことです。男は不機嫌な様子で家に帰って来て、妻に、明日の朝、肉屋に

猿を連れて行くよう言いました。何のことかわからなく、妻は夫に尋ねました。

「一体どうしたのですか。」

「あの猿も歳で、芸を忘れた。棒でたたこうが、一向にうまく踊れない。もうだめ

だ。」<

妻は、猿を哀れに思い、夫に考え直すようにお願いしましたが、無駄でした。夫の決心は

変わりませんでした。

猿は、隣の部屋で二人の会話を聞いていました。自分が殺されるとわかり、こう思いました。

「何と人でなしの主人だろう。長年忠実に仕えてきたのに、余生を平穏に過ごさせてくれるどころか、

肉屋に殺させるつもりだ。焼かれて、煮られて、食べられてしまう。何と悲しいかな。どうすればい

いのだろう。」しばし思案に暮れました。

「そうだ。いい考えが浮かんだ。近くの森に大層頭の良い猪が住んでいる。彼の所に行けば、きっと

相談に乗ってくれる。さっそく行って来よう。」

ぐずぐずしていられませんでした。家からこっそり抜け出すと、猪の所へ一目散にかけて行きました。

幸い、猪は家にいました。猿は悲しい身の上話を語り始めました。

「猪さんは、とても頭がいいとお聞きしました。今とても困っています。私を助けられるのはあなた

様だけです。主人に長年仕えてきましたが、もう年でうまく踊れません。そんな私を主人は肉屋に渡

そうとしています。どうにかならないものでしょうか。頭の良いあなた様だけが頼りです。」

猪は猿のお世辞に大満足、猿を助けることにしました。しばし考えこう言いました。

「主人に子どもはいないか。」

「います。まだ赤ん坊ですが。」

「おかみさんは、朝の仕事の際、その赤ん坊を縁側に置かないか。」

「置きます。」

「よし、俺がチャンスを伺って、赤ん坊をつかんで逃げる。」

「そしたら。」猿は聞きました。

「おかみさんはパニックになるだろう。主人とおかみさんがうろたえている間に、お前さんが俺様を

追いかけて、赤ん坊を助け出し、無事に親元に持ち帰る。そうすれば肉屋が来ても、お前さんを渡そ

うなんてことはなくなる。」<

猿は猪に何度も何度もお礼を言うと家に戻りました。その晩はよく眠れませんでした。

猿の命は、猪の計画がうまく行くかどうかにかかっているからです。一番に目を覚ますと、今まさに

起ころうとしていることを今か今かと待っていました。

おかみさんが起き出し、雨戸を開けて、朝の光が差し込むまで大分時間があったように思えました。

おかみさんは、家の掃除や朝ごはんの用意をしている間、いつものように赤ん坊を玄関の近くにおき

ました。赤ん坊は朝の日を浴びて嬉しそうに口を動かし、日が明るくなったり暗くなったりするたび

に畳をたたいていました。その時です。玄関で物音がしたかと思うと、赤ん坊が大きな泣き声をあげ

ました。お勝手から飛び出てきたおかみさんが見たものは、猪が赤ん坊を抱えて門から出て行く姿で

した。おかみさんは、大声を上げて、夫がまだぐっすり寝ている奥の部屋に走りこみました。夫はゆ

っくりと起き上がると、目をこすり、どうしてそんなに騒がしいと妻をいさめました。

しかし、事の顛末(てんまつ)をすぐに悟り、門の外に出ました。猪はもう大分遠くですが、猿が猪

を一生懸命追いかけているではありませんか。二人は賢い猿の勇敢な振る舞いに痛く感動しました。

そして、忠実な猿が子供を無事に連れ戻してくれた時は、言葉では表せないうれしさで一杯でした。

「ほら。」おかみさんが言いました。「これがあなたが殺そうとした

猿ですよ。猿がいなかったら、子供もいませんでしたよ。」

「今度ばかりは、お前の言うとおりだな。」主人は子供を抱き上げ家

に入りながら言いました。

「肉屋が来たら帰ってもらいなさい。さあ朝ごはんだ。猿にもな。」

肉屋が来ましたが、晩御飯に猪の肉の注文を受けただけで、帰るこ

とになりました。

それからは猿はたいそう可愛がられ、余生を平穏に暮らしました。

主人から二度と打(ぶ)たれることもありませんでした。


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