子取り洞窟
ことりどうくつ

2024/10/20(日)

あらすじ

むかし、むかし、岩山のふもとに小さな村がありました。山の壁面には大き

な洞くつがあり、遠くからでも見ることができましたが、そこに入ろうと

する者は誰もいませんでした。中は真っ暗で、奥知れず、不気味に思え

たからです。

ところが不思議なことに、村人たちは、その洞くつを、いくらでも皿

や食器がある、自分たちの食器棚のように使っていました。お祭りや

婚礼や葬式など、特別なことがある度に、必要なだけの食器を借りま

した。村人たちは、食器の心配をすることなく、大勢のお客を呼ぶこ

とが出来たのです。

食器の借り方はいたって簡単です。洞くつの前に立って、ただこう言えばよいのです。

「お頼み申します。村人の何某と言う者です。明日、家で息子の結婚とお披露目の儀を執り行う運び

になりました。三十人ほどの客を呼んでおりますが、家には十人分の食器しかありません。つきまし

ては、二十人ほどの食器を貸していただけたらと思います。明朝早く受け取りに参ります。」

翌朝、食器は確かに用意され、洞くつの入り口に置かれておりました。誰が頼んでも、前の日に頼

んだものは必ず用意してありました。そして村人たちは、行事が終わると、使ったものを返しに洞く

つに戻り、その前に立ち、感謝の意を込めて、こんなふうに言います。

「村人の何某と言うものです。息子の婚礼は滞り無く終了いたしました。誠にありがとうございまし

た。感謝申し上げます。ここに借りたものすべて置いて行きます。きれいに洗っておきました。割れ

たものもないと思いますが、お調べの上、お納め下さい。重ねてありがとうございました。」

家に戻る時は、洞くつを振り返って見てはならないことになっていました。従って、背を向けると、

洞くつの入り口に置かれた食器が一瞬に消えてしまうことを知る人はいませんでした。

大方の村人は、正直者で、働き者でした。しかし、農夫の田吾作だけは違っていました。

ある日のことです。田吾作は、洞くつに行くと、こう言いました。

「お願いがあります。村人の田吾作です。明日、娘の婚礼があります。客は五十人ですが、五人分の

食器しかありません。四十五人分の食器を貸して下さい。明日の朝早く取りに来ます。」

実は、田吾作には娘はおりません。食器を返すつもりもありません。最初から街に出かけて行って

売りさばくつもりでした。茶碗も湯のみも皿も小物も、最高級の陶器、漆器でしたから、とても高値

で売ることができました。最初は、ごまかし的なやり方に罰を受けるのではないかといささか恐れて

はいたものの、何も起こりませんでした。信じられるかな?彼がまた洞くつに行って、食器を借りる

と、売ってしまったなんて。でも何も起こりません。何て図太いやつだ!何のためらいもなく、借り

ては売り、借りては売りの繰り返しでした。一度働かずに金を儲けることを知ってしまうと、もうそ

の味は忘れられません。

田吾作は、今や金持ちになっていました。それでも妻は何か物足りないようです。ため息をついて

いるではありませんか。田吾作は妻に、どうしてため息をついているのか聞いて見ました。

「あんた、子どもが欲しいよ。お金はあっても、子どもがいない。これからの寂しい暮らしは嫌だよ。」

田吾作は、洞くつに行くと、初めて違うことをお願いしました。

「お願いします。田吾作です。わしらには子どもがいないので、赤ん坊が欲しいと思います。どうか

願いをかなえて下さい。」

田吾作は、この願いは到底実現不可能、と思っていました。ところが、妻に男の子が生まれたのです。

二人の何と喜んだこと。

数年が経ちました。その赤ん坊がとっくに立って、歩いて、話しを始めてもよい頃です。でも、一

向にその気配はありません。ただ横になって泣いているだけです。田吾作と妻は、子どものことが悩

みの種でした。でも二人はしまいに、この子は普通ではない、とあきらめざるを得ませんでした。

そして数年の年月。子どもは十歳になりました。

ある晴れた秋の日のことです。田吾作と妻は前の庭で米を俵に詰めていました。息子は、いつものよ

うに、布団に横になって、部屋から働いている二人をじっと見ていました。息子は突然立ち上がり、

米俵の方に歩いて来ましたよ。二人は、ただ驚くばかりです。

「息子が立って歩いている。奇跡だ。驚きじゃ。」

驚きは喜びに変わります。子どもは二人が立っている米俵の前で立ち止まると、驚くなかれ、重い米

俵を二つ同時に肩に乗せます。何かもごもご言っていますが、最初は聞き取れません。すると今度は

いきなり走り出します。二人は、しばしあっけに取られましたが、急いで後を追いかけます。今や息

子の声がはっきり聞こえます。

「がけの洞窟。がけの洞窟に行くぞ。」

「たまげた。息子が話している。」二人には驚く事ばかり。「でも何で洞くつに行くのだ。」

不思議に思いつつ、答えを見い出そうとしている最中でも、子どもは走り続けます。まるで背中に羽

根が生えているようです。その速さに、二人は追いつけません。まもなく子どもは洞くつの入り口に

到着です。

「止めろ!洞くつに入ってはダメだ。」二人は遠くから叫びます。しかし、息子は暗い洞くつの中へ。

いや、洞くつが子どもを一瞬に飲みこんだかのようです。

やっとのことで洞くつに着いた田吾作と妻は、しばし息も絶え絶えです。時すでに遅し。息子の足跡

さえ見つかりません。声を限りに息子の名を呼びますが、聞こえて来るのはこだまのみ。

その時です。洞くつより、聞き慣れない不気味な声、

「子どもと米ニ俵。損を取り戻したぞ。」

子どもは二度と戻ってきませんでした。それからと言うもの、村人たちは、この洞くつを「子取り洞

窟」と呼びました。


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