あらすじ
むかし、むかし、「百合若」という強くて勇敢な武将がおりました。強靭な体力の持ち主で、弓の名手としても知られておりました。
百合若愛用の弓は長さ八尺五寸(約3メートル)もある鉄の弓でした。
その重いことと言ったら、誰も持ち上げることさえ出来ないのに、百合若はいとも簡単にその弓を扱うのでした。
後に、豊後(ぶんご・今の大分県)の国守(国司の長)としての任
につきました。妻の春日(かすが)姫は美しく心優しい人でした。百合若は妻と平和な日々を送
っておりました。
ある日のことです。朝鮮半島から九州に向けて何千隻もの軍船がやって来ました。百合若は千人
の部下と一船団を引き連れて出港しました。見送りの際、妻は夫にこう言いました。
「くれぐれもお体を大事にして下さい。無事にお戻りなるまで気を抜きませんように。」
戦いは、九州北方の島々の一つ、対馬沖で始まりました。百合若は、船の舳先(へさき)に立ち、
八尺五寸の鉄の弓から、何百本もの矢を射ましたが、狙った的を外すことはありませんでした。
部下も勇敢に戦いました。しかし数においては敵に敵いません。射れども射れども新たな敵兵が
現れ、戦いの決着はつかないように思えました。しかし百合若の矢が敵の首領の頭に命中すると、
敵船は向きを変え、戻って行きました。
百合若は、引き帰す敵船を見て、戦いは大勝利に終わったと確信しました。しかし、多くの部下
が、戦いで命を落としたり、負傷しました。百合若自身も疲れきっていました。最寄の島に立ち
寄り、しばし休息を取ることにしました。腹心の部下、別府兄弟に休息場所を探すよう命じ、や
がて、船団は九州に程近い孤島、玄海島にたどり着きました。百合若は、陸にあがると直ちに、
鎧(よろい)、兜(かぶと)を脱ぎ、眠りにつきました。実を言うと、一時たりとも目を覚ます
ことなく、三日三晩ぐっすり眠り続けたのです。
目を覚ました百合若は、異様な様子に気がつきました。あたりは静寂に包まれ、太陽が頭上高く
照っています。部下を呼びつけました。
「誰か、すぐ参れ!」
返事はありません。回りを見渡します。鎧と兜が見当たりません。まもなく別府兄弟の謀反と気
づきます。百合若は孤島に置き去りにされたのです。
エピソードII/孤島
百合若は魚をとり、海草・木の実を集め、何とか生き延びていました。
朝が来るたび、島の浜辺に立ち、海に向かって妻の名を叫ぶのでした。
「春日姫、必ず帰る。しばらく待っていてくれ。」
さて、あろうことか、かっては百合若の腹心の部下でありながら、主(あるじ)を孤島に置き去
りにした別府兄弟は、部下を引き連れ勝ち軍さの帰路についたのでした。
そして、百合若の鎧と兜を携え春日姫を訪れ、うそ八百を語るのでした。
兄曰く、
「信じられないこととは存じますが、悲しい知らせをお伝えしなければなりません。われらが主
(あるじ)百合若様は、敵の首領に射られ、海に消えました。お命を守れなかったこと、お詫び
の言葉もありません。」と嘆き悲しみ、そら涙を流すのでした。
「亡きご主人の鎧と兜です。形見としてお納め下さい。」弟が手渡す。
まもなく、二人はまんまと新しい国司(国司の中で守(かみ)は国守とも言われ、国司の長、介
(すけ)は守の下の役)に任ぜられたのでした。百合若に取って代わって国司の任に就くのが二
人の長年の願いでしたから、うまくやったとほくそえんだのでした。
春日姫は、夫が亡くなったとは信じられません。姫の所には、夫がたいそう可愛がっていた鷹が
三十二羽、犬が12頭いて、ずっと面倒を見ていました。このまま飼っていれば、夫はきっと喜
ぶと思っていましたから。夫の留守中、鷹や犬が無事だったとわかって、満足げな夫の顔を、あ
れこれ思い浮かべてみるのでした。来る日も来る日も夫を待ち続けました。風の便りにもすがり
たい気持ちでした。もちろん夫のことを語ってくれるものはおりません。姫は悲しみで次第に食
欲もなくなり、どんどん痩せ細って行きました。
二年の歳月(さいげつ)が流れました。何の知らせもありません。姫は、鷹と犬を放してやるこ
とにしました。まもなく犬はどこかへ行き、鷹は空高く飛び立って行きました。しかし「緑丸」
と言う鷹だけは、おりから出る様子はありません。えさをやっても食べません。しかし、おむす
びを与えると、くちばしにくわえ、飛び去りました。
話は変わって、百合若も痩せ細ってしまいました。見かけもすっかり変わってしまいましたから、
誰かが会いに行ったとしても気がつく者はいないでしょう。食べ物はわずかの魚と海草。そんな
でしたから、骨と皮ばかりになったのでした。着物はぼろぼろ、髪はもじゃもじゃ、あごひげが
長くのびていました。
ある日のことです。何かが百合若の方へ飛んできました。そして肩に止まりました。緑丸です。
おむすびをくわえているのです!何という鷹でしょう!主人を見つけたのです。
「何と、お前か、緑丸。わしがわかったのか。お前が話せて、妻にわしのことを知らせてくれた
らのう。わしがまだ生きていることを知らせてくれたらのう・・・待てよ。何か手立てがあるに
違いない。」
百合若は何か書くものを探すと、葉を一枚拾いあげました。そして小刀で指を切り、自らの血で
葉に「百合若」と書きました。そして鷹の脚に縛り付け、飛び放ちました。
三日後、鷹はおりに舞い戻りました。春日姫は鷹に気づき、こう言いました。
「自由にしてやったのに、どうしてまた戻ってきたの。」それでも心の中では鷹が戻ってきたの
を嬉しく思っていました。そして、すぐに何かが脚に結んであるのに気がつきました。
「おや、葉っぱですね。何か書いてあるようですが・・・しかも血で・・・百合若!百合若です
って!まぎれもなく夫の筆跡です。生きておられるのですね。」
春日姫は喜びの声をあげましたが、そのことは誰にも話しませんでした。
春日姫は夫への手紙を書くと、手紙を鷹の脚に結びました。そして放してやりました。鷹にとっ
て島の行きかえりだけでも大変な距離でした。まして休む間もなく再び島に飛び立ったのですか
ら。可哀想な緑丸!もう飛ぶ力は残っていません。どんどん下降していき・・・死んでしまいま
した。緑丸は波の上に漂っています。
エピソードIII/帰還
ある日のことです。沖合いで魚を獲っていた漁師がふと見ると、何かが島で動いているのです。
目を凝らし、耳をそばだてると、一人の男が何か叫んで、手を振っているようです。男が百合若
であることはおわかりですね。
漁師は直ちに島に向かって漕ぎ出しました。その得体の知れぬ者を初めて見た時の驚きようった
らありません。もじゃもじゃのひげ面、伸びきった髪、真っ黒な手足、ぼろぼろの着物。人の言
葉を話す鬼のようでした。
「某(それがし)はもと百合若殿の家臣、二年前の朝鮮軍との海戦に勝利の後、百合若殿一行は、
この島に立ち寄り、しばし休息された。しかし某は船に乗り遅れ、独り島に取り残されてしまっ
た。以来、人に出会ったのはそこもとが初めてだ。某を九州に連れて行ってはくれまいか。」
百合若は自らの素性(すじょう)は明らかにはしませんでした。ひよっとすると漁師が別府兄弟
配下の者かも知れないと思ったからです。
漁師は男を不憫(ふびん)に思い、百合若を舟に乗せて戻ると「苔丸」と名づけました。顔とい
い体といい、まるで苔のように毛で覆われていたからです。漁師は苔丸を僕(しもべ)のように
扱いました。そのうち、苔丸が切れ者で、並外れた力持ちであることがわかりましたから、漁師
はことあるごとに苔丸に別府兄弟や春日姫のことを話して聞かせてました。
「いいか、あの兄弟(ふたり)は百合若の地位を奪い、我が物顔で国を治めている。庶民に重税
を課し、労働を強要している。宮殿のような邸宅を構え、贅沢三昧の毎日を送っている。かたや、
庶民は艱難辛苦に耐えている。権力に物言わせ、好き勝手のし放題。春日姫までわがものにしょ
うとした。可哀想に!百合若を心から愛していた春日姫は結局、まこもが池に身を投げて死んで
しまった。」
妻の死を耳にした苔丸は心臓が張り裂けんばかりであったが、自分が百合若である、とは言いま
せんでした。
苔丸は密かにかっての自分の屋敷を訪ねてみました。案の定誰一人迎えてくれる者はいませんで
した。春日姫のこと、春日姫と過ごした日々がよみがえってきました。
それから数日後、別府兄弟の屋敷で、元旦の祭事と催しものがあることを、苔丸は主(あるじ)
から聞きました。
「宴のあと、流鏑馬(やぶさめ)の腕比べがあるとのこと。一緒に見物はどうかな。よければ連
れて行ってあげるぞ。」
「やしきに入れるのですか。」
「ああ、屋敷の外で催し物を見るだけだがな。流鏑馬は誰でも見せてもらえるのだ。」
馬場には人だかりができていました。馬を駆り立て、男が矢を二本放ちましたが、二本とも的を
はずしてしまいました。次の男も、また次の男も、みんな的を外しました。その時、馬場に高笑
いが響きました。苔丸です。その正体がわかるものは誰もいません。全く別人のように見かけが
すっかり変わってしまったからです。
「あいつは誰だ。」みながそう思いました。笑った男は捕らえられると、別府兄弟の前に引き出
されました。
「わが家臣の射そこねた技を笑うとは何と大胆不敵な奴め。自分でやってみるがよい。失敗した
ら命がないと思え。」兄が苔丸に大声で言うと、弟が弓と二本の矢を投げ与えました。馬も引き
出されました。
「できん。」その豪胆な男は答えました。「そんなへなちょこの弓と矢ではできん。子どもの遊
びじゃあるまいし。」弓と矢をつかむと二つに折ってしまいました。
「小癪(こしゃく)な奴め!」兄弟(ふたり)は激怒で顔が真っ赤になりました。
「鉄の弓と矢を持って参れ。」弟が側近の家臣に命じました。
やがて大きな弓を二人がかりで運んできました。もう二人の男が矢を一本ずつ持ってきました。
いかにも重そうです。しかし苔丸はいとも軽々と弓矢を脇に抱えると、馬にまたがりました。そ
して、おお声をあげました。
「よく聞け、皆のもの。われに気づく者はおらぬのか。われこそ誰あろう、そなたたちのまこと
の主(あるじ)百合若ぞ。兄弟(ふたり)により、2年前、島に置き去りにされた。さらに・・・」
これを聞いた別府兄弟は、馬の鼻面(はなづら)の向きを変えると、馬に一鞭(ひとむち)あて
ました。馬は一気に走り出しました。百合若はすかさず狙いを定めると、一本づつ矢を放ちまし
た。
遠くの方から小走りに百合若の方にやってくる女がいます。百合若は一目でそれが春日姫とわか
りました。
「春日・・」百合若は驚愕(きょうがく)し、春日姫の許に駆け出しました。再会できた喜びを
表したかったのですが、百合若の雄叫び(おたけび)は、まるで野獣(けだもの)のそれのよう
でした。夫婦は駆け寄り手を握り合いました。
なつかしの我が家で再会できた喜び!夫は妻に孤島での暮らしを語り、妻は夫に艱難辛苦(かん
なんしんく)を乗り越えなければならなかったこと、別府兄弟の常軌を逸した扱いを語ります。
「ことに別府兄弟の兄の方は、私を手に入れようとしましたが、断られると激怒のあげく、家臣
に私を殺すよう命じました。あの時は、危うく命を落とすところでした。」
「うん、そのことは私も耳にした。」百合若は答えます。「身を投げて命を落としたと聞き、動
揺した。心の中で復讐を誓い、実行の機会をうかがっていた。今日あの極悪人を始末した。そこ
へお前があらわれた。これ以上の喜びがあろうか。夢ではなかろうか!」
「聴いてください。貴方様。いかにして兄弟(ふたり)の魔の手から逃れたかお話しなければな
りません。私を殺すよう命ぜられた家臣はかっては貴方に長年仕えていたものでした。戦いの最
中受けた毒矢がもとで、貴方様が島で亡くなったと信じていたようです。以来兄弟(ふたり)に
仕えておりましたが、貴方の忠臣は、貴方や私のことは忘れませんでしたから、私を殺しはしま
せんでした。そんなことをすれば、一生罪の呵責(かしゃく)にさいなまれると思ったのでしょ
う。とは言え、非道な主(あるじ)の命令に従わなければ、罰せられ、別の家臣が命(めい)を
受けて私を殺しに来ると思ったのでしょう。その家臣には、私と同じ歳の娘さんがおりました。
見かけも私に似ていたのです。娘さんに私のことを話しました。娘さんは父親の苦しみを耳にし、
自分の父親と私を助けるため命を捧げる決心をしました。」
春日姫の目は、涙があふれんばかりで、しばし言葉を継ぐことができません。
百合若は痛く心を打たれました。その後、その可哀想な娘さんを祀る寺を建立しました。
















































