裸で銭さがし井原西鶴
はだかでぜにさがし

2024/10/18(金)

裸で銭さがしの画像

あらすじ

鎌倉時代、青砥藤綱は鎌倉幕府の評定衆の一人として重要な役割を担っていました。この逸話は彼にまつわるものの一つです。

ある冬の日、家臣と共に馬で川を渡る際、川の中ほどで、青砥は銭入れか

ら小銭を数枚落としてしまいました。

「これはしたり!たとえ小銭であっても、捜さねばなるまい。このまま捨

て置くわけにはいかん。」

青砥は向こう岸に急ぎ、銭入れを調べると十文足りません。

「川の中に捨て置いたなら、錆びるであろう。何としても捜さねばなら

ぬ。」

青砥は家臣に命じて村人を十人ほど雇いました。

青砥はその人夫たちに言いました。

「わしは不覚にも、この川を渡る際に十文落としてしまった。誰ぞ、このうちで十文捜し出す者あら

ば、褒美としてそれぞれに五十文ずつ取らせよう。」

これを聞いて、人夫たちはさっそく青砥が落としたお金を捜し始めました。

「確かあの辺りだ。もう少し右。いや違う、もうちょっと左だ。」

青砥は大声で場所を指示しました。

数刻が過ぎ、最初は必死になって捜していた人夫たちですが、段々と体が冷えてきました。頭の先か

ら足の先まですっかり冷え切り、もうご免とブツブツ言い始めました。

「おおっ、さむっ!この冷たさは身にしみる。凍え死んだらおしまいだ。五十文なんぞ、もうどうで

もいい。」

その時、人夫の一人が大声を上げました。

「あったぞ!」

「本当か?」青砥はその人夫に確かめました。

「三文見つけました。」

「そこだ!残りもその辺りにきっとあるに相違ない。捜し出せ!」

男は再び前かがみになり両手を冷たい川に入れると、声を上げました。

「また一文あったぞ!おっ、もう一文!」

とうとう男は一人で十文全部を見つけ出しました。男の額には傷痕(きずあと)がありました。

青砥は大層喜んで言いました。

「お前一人で全部見つけるとは中々大したものだ。五十文に加えて、さらに百文あげよう。」

青砥は人夫全員に言いました。

「わしは大変満足だ。お前たち全員に五十文ずつ、さらに当の本人に百文あげるのは馬鹿げているよ

うに思うかも知れぬ。だが、もしあの銭が川底に捨て置かれたら、錆びてしまうであろう。たかが十

文ではあるが、銭はこの国のお宝だ。わしが銭をこのように使ったとしても、銭というものは天下の

回り物、この国の利益となる。今日は良いことをした。皆の者、よくやった。手に入れた銭で十分楽

しむがよい!」

青砥の一行を見送った人夫たちはお互いに、

「今夜はいい月だ。銭も手に入れた。飲んで歌って楽しもうぜ!」と、声を掛け合いました。

人夫たちはさっそく川原で火を囲んで、酒盛りを始めました。

一人の人夫が傷痕のある男に言いました。

「恩に着るよ。こんな広い川で十文を見つけるとは大したもんだ。まさに神がかりだ。」

傷の男は笑って言いました。

「俺が本当に捜したと思っているのかい?頭を使ったんだよ。」

「じゃぁ、どうやって見つけたんだよ?」

「ごまかしたのよ。こんな大きな川で小銭を捜し当てるなんて不可能なことよ。実はな、あれは俺の

小銭さ。はっ、はっ、はっ」

男は腹を抱えて笑いました。

「何だと?お前の小銭?じゃぁどうやって拾ったんだよ?」

「拾ってなんかいないさ。青砥さまの落とした小銭を捜しているふりをして、俺の懐からこっそり三

文、二文と少しずつ出したのさ。考えても見ろよ、俺が十文損しても五十文貰える。こんな冷たい川

に何時間もいるのはご免だぜ。その上、さらに百文も手に入った。青砥さまより俺さまの方が一枚上

手(うわて)さ。」

傷の男に尋ねた男は、その言葉に感じ入りました。

「なるほど。確かにお前のほうが青砥さまより知恵がまわる!」

川で一緒に働いていた別の男が、不快げに傷の男を怒鳴りつけました。

「この阿呆!詐欺は盗人よりずっと質(たち)が悪い。青砥さまが褒美を下さるとき、自分の損を気

にすることなく、銭は国の宝である、と申された。そんな、人の鑑(かがみ)とも言いえるようなお

方を騙すとは、なんと罪深いことよ!俺は、年老いた母親を養う銭を得ようと、この仕事に加わった

が、お前の自慢話を聞いた上は、不浄な金は受け取れぬ。」

男は詐欺師に五十文を投げつけました。

「お前には呆れ果てた。帰って年老いた母の面倒を見るよ。」

眉の濃いその男は怒って立ち去りました。

やがて、青砥は川の銭さがしで自分を騙した人夫の噂を耳にしました。あの日のことを思い浮かべて

みました。

「つらつら考えるに、小銭を見つけたあの男には何やら怪しい節(ふし)があった。他の者が一文も

見つけられぬのに、見つけてしまうとは。一人で十文も見つけられるわけがない。」

青砥は事の次第を明らかにし、自分を騙した男を連れてくるよう家臣に命じました。まもなく男は青

砥の屋敷に連れて来られました。

青砥は額に大きな傷のある男に言いました。

「お前は、私に悪事を働いたことを他の人夫に話したそうだな。それは真か?嘘を申すと、他の者に

も尋ねて、罪を重くするぞ。」

傷の男は観念して自供しました。

青砥は男に言いました。

「私を騙すとは何と無礼な!八つ裂きの刑にしたい所だが、川の中の十文が気にかかる。たとえ、五、

六年かかろうとも、お前は十文すべてが見つかるまで捜し続けよ。二度と悪さができぬよう褌(ふん

どし)以外は身に着けてはならぬ。雨の日も雪の日も休んではならぬ。家来がいつも見張っているで

あろう。」

男は十五日経って、やっと一文見つけると、やる気が出てきました。冬に入って段々と寒くなって来

ました。動いていないと凍え死んでしまうと思いました。

まもなく鎌倉中に、裸の男が寒い川で十文を捜している、という噂が広まり、多くの人が男を見に来

ました。

「可哀想に!でも青砥さまを騙したのだから仕方ないさ。」

冬の真っ只中、川の水が段々と少なくなり川床が現れ始めました。男は、二文、そして三文というよ

うに見つけました。そしてついに十文全部を見つけることが出来ました。

青砥は男に言いました。

「お前が私を騙した罪は重いが、落とした銭、全部見つけたゆえ、許す。二度と悪いことはするでな

いぞ!」

男は何度も深々と頭を下げ、去って行きました。

さて青砥は、怒って仲間の下(もと)を去った眉の濃い男のことも耳にしま

した。眉の濃い男の身元を密かに家臣に調べさせました。男は、ひとかどの

人物であったが、やむなき理由で浪人となり、あの銭さがしに加わったので

す。青砥は男の立派な振る舞いに感じ入り、男のことを鎌倉五代執権時頼公

に言上(ごんじょう)しました。男は再び侍として召しかかえられ、幸せな

生活を送りました。

原作:西鶴「武家義理物語」巻1の1『我物ゆえに裸川』


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