あらすじ
むかし、むかし、ある金持ちの商人(あきんど)が通りを歩い
ていると、両手を後ろ手に縛られ、役人に連行されている老人
を見かけました。
商人は役人に尋ねました。
「この年寄りは一体何をしたのですか?」
「仕えていた主(あるじ)を殺したのです。」一人の役人が答
えました。
「なるほど、それは重罪を犯したものですね。」そう言うと、商人は男を軽蔑の眼差し(まなざ
し)でちらっとみました。
数分後、今度は、若い男が、両手を後ろ手に縛られ、役人に連行されているのを見かけました。
商人は役人に尋ねました。
「この若者は一体何をしたのですか?」
「他人の物を盗んだのです。」
若者を見ると、以前見たことのある顔でしたので、商人は、この者は、ほんのでき心で罪を犯し
たのだろう、と思いました。役人に小判を握らせて、こう言いました。
「このお金でこの男を放免してくれませんか。ほんのでき心で罪を犯したのでしょう。」
役人は、罪人の縄を解いてやりました。男は商人に深く頭を下げると、こう言いました。
「恩義は一生忘れません。」そして、そこを立ち去りました。
商人は心優しく、いつも困っている人たちを助けてやりたいと思っていました。できることなら
あの年老いた罪人も助けてやりたいと思いましたが、その罪があまりにも重く、諦めざるを得ま
せんでした。
数ヶ月後、御所に祝儀の儀式があり、大赦(たいしゃ)が発令されました。多くの罪人が、許さ
れて牢から出されました。あの年寄りも放免となりました。
ある夏の夜のこと、あの商人が、一人縁側に座って月を眺めている時のことでした。得体(えた
い)の知れない黒い物体が塀を乗り越えてきました。
「何だろう?」商人は不思議に思いました。
すると、数人の怪しい身なりの男が目の前に現れ、商人を羽交い締めにして、通りに担ぎ出しま
した。
「われらが根城(ねじろ)に連れ込め。」頭領(とうりょう)が言いました。
商人は、手足を縛られたまま、山奥深く運ばれました。
「薪(たきぎ)の上に座らせろ。焼き殺してやる。あたかも自分が聖人君子であるかのように振
る舞い、他人を悪く評しやがって。」
「私があなたに何をしたと言うのですか。」商人は尋ねました。
「この顔に見覚えはないか。」頭領は頭巾を外して顔を見せました。
「あの時のお前の軽蔑しきった眼差しと、俺を評した一言、胸にぐさっと来たぞ。その仕返しに
お前を焼き殺してやる。」
頭領は商人が座っている薪に火を点けました。
商人の足が熱くなって、死の恐怖に襲われました。
その時です。盗賊の頭上に、矢が雨のように降り注いできました。矢に当たって死ぬ者もいれば、
脱兎のごとく逃げ出す者もいました。
別の盗賊の一味が商人を取り囲み、手にしている太い枝で火を消しました。
第二の集団の頭領が商人の縄をほどいて、こう言いました。
「さぞかし恐ろしかったことでしょう。私のことを覚えていますか。役人に捕らわれた時、あな
たに助けられた者です。私はあなたの恩義に報いたいと思っておりました。年かさの頭領に率い
られた盗賊一味が、頭領の遺恨であなたをつけねらっている、という噂を耳にしました。そこで
我々は盗賊の襲撃からあなたを警護していたのですが、今日たまたま警護を緩めたところ、あな
たは拐(かどわ)かされてしまいました。ただちに彼らの巣窟(そうくつ)まで追跡して、あな
たを危険から救うため矢を放ったのです。」
商人は深く頷(うなづ)き、つくづくこう思いました。『口は災いのもと』
「宇治拾遺物語」より
















































