曽根崎心中近松門左衛門
そねざきしんじゅう

2024/10/18(金)

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あらすじ

登場人物徳兵衛(25歳)おじの醤油屋で働く手代。

お初(19歳)天満屋(女郎屋)で働く女郎。

九平次(25歳位)徳兵衛の友人、油屋の主人。

時と場所江戸時代(18世紀)、大阪

第1幕生玉(いくだま)神社前の段

(徳兵衛とお初は深い恋仲であり、将来結婚の誓いを立て

ている。外回りの仕事に出ていた徳兵衛は、偶然生玉神社

の近くで茶屋の腰掛けに座っているお初を目にする。)

徳兵衛:お初じゃないか!こんな所で出会うとは思わなかった。

お初:まあ、徳兵衛さん。しばらく会いに来て下さらなかったので心配していました。何かよ

くないことでもあったんですか。それとも私のことがもう嫌いにおなりですか。

徳兵衛:言うまでもない。私はあんたが好きだ。逢瀬(おうせ)を重ねたいのは山々なんだが・・・

すまぬ。ちょっと面倒なことになったんだ。私のおじさんを知っているね。その人が私の主人な

んだが、おじさんの妻の姪にあたる人とのはなしを私にすすめるんだ。あんたのことを話して断

ったら、ひどく腹を立てて、その姪と夫婦(めおと)になれとしつこく言うんだ。あげくの果て、

継(まま)しいおっ母さんに結納金まで渡して、どうしても姪と結婚させようという気だ。

お初:え、それでおっ母さんはそのお金を受け取ったの。

徳兵衛:そうさ、おじさんは断れるものなら断ってみろ、って言うんだ。あのお金を返せなか

ったら、大阪を出るしかない。急いでおっ母さんの所へ行って、お金を返してくれるよう何回も

頭を下げてお願いしたら、しぶしぶ戻してくれた。

お初:よかったわ!おじさんにお金を返せるのね。

徳兵衛:事はそう簡単ではないんだ。帰り道、友達の九平次にばったり出会ってしまった。あ

いつ、面倒を起こして金がどうしても必要だと言うんだ。気の毒になって、おっ母さんから取り

戻したあの金、おじさんに返す金を、期日までに返してもらうという約束で貸してしまったんだ。

お初:何ということを。もし返してくれなかったらどうするの。

徳兵衛:九平次なら大丈夫だと信用したんだが、すでに約束の日が過ぎている。やむない事情

があるんだと思う。九平次のところへ行ってこようと思う。ところで、顔色がすぐれないね。何

か心配事でもあるのか。

お初:心配をかけてごめんなさい。実は、私も今困っているの。羽振りのいい人がお店に来て、

私を身請けしたいそうなの。私の立場では、とても断れないわ。どうしたらいいのでしょう。

(お初は徳兵衛にすがりついて泣く)

徳兵衛:お初、泣くな。明日は明日の風が吹く。おい、見ろよ。九平次がこっちに来るぞ。

(九平次が仲間数人と現われる。徳兵衛は九平次に駆け寄り、腕を掴む。)

徳兵衛:九平次、あの金をすぐに返してくれ。期日はもうとっくに過ぎているぞ。

(九平次はあざ笑う。)

九平次:徳兵衛、何のことだ。お前なんぞから鐚一文(びたいちもん)借りてないぞ。

徳兵衛:見てみろ、この証文にはお前の判子が押してある。それでも白を切るつもりか。

九平次:ああ、思い出した。この間、判子をなくしたんだ。さてはお前が盗んで、無断で押し

たな。そうはいかんぞ。みんな、やっちまえ!

(九平次とその連中は徳兵衛を取り囲み、蹴(け)ったり、殴(なぐ)ったりして去っていく。

お初は倒れている徳兵衛のもとに駆け寄り抱き起こす。)

お初:何とひどい人たちでしょう!徳兵衛さん、大丈夫。もし私が原因ならご免なさい。二人

とも抜き差しならない羽目(はめ)に陥ったのね・・・この世でもはや逢えなくなったとしても、

あの世できっと出逢えるでしょう。死ぬのは恐くありません。あなたと一緒に死ねたら何と幸せ

でしょう!私たちが三途(さんず)の川を渡るのを邪魔するものは何もありません。

徳兵衛:そんなふうに言ってくれるなんて。やっぱり私が心底好きなのはあんただ。私も死ぬ

のは恐くない。

第2幕天満屋の段

(お初の同僚二人がうわさ話をしている。)

女郎甲:徳兵衛さんが何かまずいことをして、友達仲間に蹴ったり、殴られたりしたそうよ。

女郎乙:あやうく命を落とすところだったって聞いたわ。

お初:徳兵衛さんの話はやめて下さい。そんなこと全部うそです。徳兵衛さんは生きています。

あの人は悪いことなんて何もしていません。

(お初の目には涙があふれている。ふと愛しい人の姿が目に入る。徳兵衛のもとへ駆け寄りたい

が、部屋には同僚の目がある。)

お初:気分がすぐれないわ。外の空気を吸ってくるわ。

(お初は部屋からこっそり出ると、徳兵衛のもとに駆け寄る。徳兵衛は片脚を引きずっている。)

お初:まだ痛むの。あなたのうわさでもちきりだわ。

徳兵衛:まんまと罠(わな)にはめられた。もがけばもがくほど、身動きができなくなる。万

事休すだ。生きる希望も消え失せた。あんたに永久(とわ)の別れを告げに来た。

(徳兵衛は涙ながらに告げる。二人は中から「お初」と呼ぶ声を耳にする。)

お初:おかみさんだわ。ここに長居はできないわ。ついてきて。私の言うとおりにして。

(お初は徳兵衛を着物のすそでかくし、縁側の下に導く。お初は縁側に腰掛け平静を装う。)

お初:戻りました。気分がよくなりました。

(九平次と仲間が部屋に飛び込んでくる。)

九平次:よう、お初。客がつかなかったのか。お前の相手をしてやるぞ、どうだ。俺が嫌いか。

おや、何か言いたそうだな。お前の彼氏が偽の証文と、無くした判子で俺をだまそうとした。奴

がこれと反対のことを言っても信じるなよ。

(徳兵衛は縁側の下で怒りおののいている。お初は、徳兵衛が怒りのあまり飛び出してくるのを

恐れて、足のつまさきで徳兵衛をなだめる。)

お初:うそを言っているのはあなたの方じゃありませんか。徳兵衛さんと私は長い付き合いで

すもの。今では徳兵衛さんは私に何でも話してくれるわ。私たちには何の秘密もありません。あ

なたこそ徳兵衛さんをだましたのでしょう。残念ながら、徳兵衛さんは無実を証明する手立てが

見つかりません。私には徳兵衛さんの気持ちが手に取るようにわかります。きっと、もう死ぬし

かないと思っているでしょう。

(お初は泣く。九平次を言い込めているが、実は徳兵衛に自分の胸のうちをあかしている。徳兵

衛はお初の足首を掴むと、唇をあて、死ぬ覚悟ができていることを示す。)

お初:わかった!わかったわ!私たちの辱め(はずかしめ)を払拭(ふっしょく)してくれる

のは死ぬことだけ。あなたのいない生活なんてもう考えられない。私もあなたと一緒に死ぬ覚悟

はできています。

(お初は大声で話す。涙が頬を伝わって流れる。九平次は気味が悪くなって仲間に声を掛ける。)

九平次:帰るぞ。ここは陰気くさい。飲み屋で一杯やるぞ。

(彼らが立ち去ると、天満屋の亭主と女将(おかみ)が女郎たちに灯りを消して寝るよう言う。)

お初:旦那さん、女将さん、それにお仲間の人たちに会うことは、おそらくもうないでしょう。

丑の刻だわ。死出立(しにでだち)の白無垢に着替えるわ。

(お初は静かに階段を下りる。徳兵衛は入り口のわきに立っている。お初は徳兵衛の手を取り、

門口(かどぐち)まで連れて行く。二人は見つめ合い、共に死ぬさだめにむせび泣く。)

第3幕道行の段

徳兵衛:この橋の上で、夫婦(めおと)の永久(とわ)の誓いを立てよう。

お初:誓います。お初は永久(とわ)にあなたの伴侶となります。

徳兵衛:日が変われば、まち中私たちのうわさでもちきりでしょう。夜が明けぬうちに命を絶

とう。

(曾根崎天神の森の中)

お初:私が十九で、あなたが二十五。二人ともまだ若い。でも私たちの絆はどんなものより強

いわ!あの世で生まれ変わります。不思議なことに、こんな不運なめぐり合わせの年なのに、お

初は幸せなんです。だってあなたと一緒に死出の旅に出られるのですから。

(二人は天神のうっそうとした森の中にいる。暗闇で何かがきらめく。)

お初:あら!何かしら。

徳兵衛:人魂だよ!今宵二人だけで死ぬのかと思ったら、もう誰かが死んだのさ。さあ、急ご

う。ぐずぐずしてはいられない。

(二人は、手に手を取って、暗闇を進む。)

徳兵衛:さあここだ。死出の旅路につくのにはもってこいの場所だ。

お初:あなたと一緒に死ねるなんて何と素晴らしいことでしょう!道中あなたとはぐれない

ようかみそりを持ってきたわ。

徳兵衛:そこまで考えてくれるなんて、あんたは最高だよ!私たちは心中の手本だ。

お初:さあ、始めて。

(徳兵衛は、お初が動けないように彼女の帯で木にしっかり縛り付ける。お初は徳兵衛の目を見

つめる。徳兵衛もお初を見つめ返す。二人は涙にむせぶ。)

徳兵衛:これで現世の惨めな生活ともお別れだ。私が子供の時、両親は亡くなった。おとう、

おかあ、今行くからな。

お初<:いいわね。私の両親はまだ健在だけど、もう何年も会ってないわ。夜が明ければ、二

人は私たちの心中の知らせを耳にするでしょう。どんなに悲しむことでしょう!おとっつぁん、

おっかさん!これでお別れです。私、気持ちの整理がつきました。

この世にお別れの時が来ました。ひと思いにお願い!・・・南無

阿弥陀仏・・・

(徳兵衛は懐刀(ふところがたな)を抜き、何度かためらいつつ

も、お初の胸を一突きする。)

徳兵衛:南無阿弥陀仏!

(徳兵衛は刃を深く深く押し込む。お初の断末魔(だんまつま)

の苦しみは筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい。)

徳兵衛:あんたと一緒に行くぞ。

(徳兵衛は、お初の手中にあったかみそりを自分の喉に押し当て、ひとねじりする。徳兵衛は目

がかすみ、二人は息絶える。)


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