あらすじ
むかし、むかし、ある山あいの村に一人の娘がおりました。生まれたとき絹のようになめらかな肌の赤ちゃんだったので、
「絹」という名前がつけられました。両親の愛情を一身に受けて美しい娘に成長しました。
そんなある日、娘は突然の病に襲われ、死の恐怖に震えました。
「まもなく、閻魔様の所から使いの鬼が来て、私の魂を抜いて行
ってしまうわ。」
何とか死なずに済む方法はないかと考えたあげく、ある考えを思
いつきました。お母さんに頼んで、山盛りのご飯を玄関の前に置
いてもらいました。鬼が満足して心変わりすると思ったからです。
案の定、大きな図体の鬼が足音高くやって来ました。
「おー、ありがたい!うまそうなごちそうがあるわ。はるばる地獄からやって来たから腹ぺこだ。」
鬼は、あっという間にたいらげると、病床の娘の枕元に立ちました。
「魂を抜かれたら、両親はひどく悲しむわ。どうか今回はお見逃し下さい。」娘は泣きながらお
願いしました。
「うまいごちそうを食べたら、気持ちが大きくなった。よかろう、今回は見逃してやろう・・・
しかし、閻魔大王の命令にはどんなことがあっても背くわけにはいかない。言いつけられた仕事
もせずに帰ったら、閻魔大王に叱られる。ふーむ・・・お前と同じ名前の‘きぬ’という娘を知
らないか。この辺にそういう娘がいたら、お前の代わりに連れて行く。」
「知ってるわ。隣村の川の近くの家に‘きぬ’という娘が住んでいるわ。」
「ちょうどいい!その娘を閻魔大王の所に連れて行く。」
と、言うと鬼は消えて、次の瞬間川近くの‘きぬ’の前に現れました。
「お前は‘きぬ’だな。気の毒だが、山の村の‘絹’の代わりにお前を閻魔大王の所に連れて行
く。」
鬼の大声に娘は気絶し、死んでしまいました。
「閻魔大王がお待ちかねじゃ。急いで魂を持って行かなくては。」
「大王さま、‘きぬ’という名の女を連れて参りました。」
「よくやった。おや・・・ちょっと待てよ。これは私が所望したものではない。お前は私の指図
(さしず)を間違えたな。」
「え?」
「とぼけるな!全てお見通しだ。‘絹’は慈悲を請うためにお前にごちそうを出した。お前はそ
のごちそうを食べて、断れなくなった。すぐ戻ってあいつの魂を持って来るのだ。」
鬼は閻魔大王にこっぴどく叱られました。閻魔大王に御機嫌を直してもらわなければ、と鬼は
‘絹’の魂を持ち帰りました。
「これこそ‘絹’のものだ。」閻魔大王はそう言うと、目の前のもう一人の‘きぬ’をちらっと
見ました。
「お前は帰っていい。」
川近くの‘きぬ’は家に戻りました。でも困ったことに、自分の体がありません。両親によって
荼毘(だび)に付されてしまったのです。
‘きぬ’は地獄に向かって叫びました。
「家に帰っても、戻る所がありません。荼毘に付されて、宿る肉体がありません。」
すると、耳元に閻魔様の声が聞こえてきました。
「すまん。私としたことが。お前の体はもう焼かれてしまってそこにはない。しかし山の村にい
た‘絹’の体はまだ親元にある。その体に宿れ。」
川近くの‘きぬ’の魂は、山の村の‘絹’の体に宿りました。
「まあ!娘の‘絹’が生き返ったわ!」山の村の‘絹’の両親は、娘が息を吹き返したのに気づ
き、たいそう喜びました。
でも、娘は首を振って言いました。
「信じられないことと思いますが、私はあなた方の娘の‘絹’ではありません。私は隣村の川の
近くに住む別の娘の‘きぬ’というものです。」
「何を言っている。」両親はおどろき、耳を貸しませんでした。「お前は、私たちの娘だ。間違
いない。」
しかし、娘は首を振るだけで、とうとう川近くの自分の家に帰ってしまいました。
「とうさん、かあさん、ただ今帰りました。」
「どちら様で。」
「‘きぬ’です。娘の。」
両親は驚いて顔を見合わせました。
「どうなっているのでしょう。娘は二日前に他界し、もうすでに荼毘に付しました。娘がここに
いるはずはありません。」
両親の言葉に心がひどく痛みました。
「とうさんかあさんは、私の言うことが信じられないのだわ。全て話そう。」と思いました。
‘きぬ’は事のいきさつを最初から話しました。
「まさか!」両親にはとても信じられないことでした。
「うそではありません。本当です。」ようやく二人は娘の言ったことを受け入れました。
「おー、何とありがたいことだ!体は違うが、娘が生き返った!」父親はうれしさのあまり涙が
出てきました。
「‘きぬ’、お前は娘の、‘きぬ’ですよ。」母親はしっかりと娘を抱きしめました。
山の村の‘絹’の両親もそのうわさを聞いてとても驚きました。
「何と不思議なことだろう!体は娘、でも心は別の‘きぬ’。少なくとも一部分は私たちの娘だ。
‘きぬ’さんには時々遊びに来てもらいたいな。」
その後、生まれ変わったきぬは両家を行ったり来たりし、二組の両親とともに幸せに暮らしまし
た。「日本霊異記」より
















































