あらすじ
むかし、むかし、ある所に絵描きの男がいました。仏画、中でも不
動明王(火の神)を描くのが得意でした。
ある日のこと。いつものように絵の前に座り、ひたすら絵筆を動か
していました。手がけている仏画は完成間近でしたが、何か物足り
ません。一日中、絵の前に座り、眺めては一筆、二筆加え、また眺
めては、もう一筆、の繰り返しでした。
その晩は風がひどく吹いていました。突然、隣の家から出火しまし
た。
「火事だー!火事だー!」妻はうろたえて叫びました。
絵描きは、顔をしかめ、腕を組み、絵をじっと見つめているだけです。まもなく火が家に迫って
きました。燃え盛る音とともに、煙が部屋に入ってきました。一刻の猶予もありません。妻は夫
の袖を必死に引っ張り、気も狂わんばかりに叫びました。
「逃げて!焼け死ぬわ!」
夫はしずかに言いました。
「もう少し!これを仕上げてしまいたいんだ。」絵描きは妻の手を払いのけ、まだ絵から目を離
しません。その時です。大音響とともに屋根の一部が燃え落ちました。
「きゃー。」妻は飛ぶようにしてあわてて部屋から逃げ出しました。
絵にも火がつきました。絵描きはやっと我に返り、燃えさかる我が家から駆け出しました。通り
の反対側にたたずみ、家が燃えるのをじっと見ていました。ほどなく、家はすべて灰になってし
まいました。
「誠にお気の毒なことで。」近所の人々が絵描きの不運を慰めました。
「・・・・」絵描きは何も言いません。ただ焼け跡を見ているだけです。
人々がかわるがわる火事見舞いにやってきましたが、絵描きは無言でした。まるで瞑想している
かのようです。妻も心配して、おずおずと声をかけました。
「どうしたの。大丈夫なの。」
夫は訳のわからないことをもごもご言うと、にこっと笑いました。それを見ていた人々は、家を
なくして気が触れた、と思いました。
妻はもう一度聞きました。
「大丈夫?」
すると夫は今度ははっきり言いました。
「いままでずっと絵を描いてきたが、自分の絵に心から満足したことはなかった。この火事で大
切なことがわかった。貴重な体験であった。」
絵描きはなぜか幸せそうでした。まわりの人々はじっと耳を傾けました。
「不動明王を描いてきたが、今までの火炎の描き方は間違っていた。生まれて初めて、やっと火
炎の描き方がわかった。素晴らしい発見であった。すぐにでも新しい不動明王を描きたいものだ。
この体験は私の絵に新しい様相を加えることになるだろう。」
不動明王―その外観は堂々としており、怒りに満ちた顔は見る人をおびえさせます―しかし、仏
さまの心は、苦しみもがく人々への愛情に満ちています。不動明王は、右手に剣を、左手に索(さ
く)を持ち、人々に救いの手を差し伸べようとしています。光背(こうはい)の火炎は人々の百
八つの煩悩を焼ききるのす。
その後、この絵描きが描いた不動明王の絵は大評判となりました。まるで仏さまが人々を救うた
めにいきよいよく燃える火の中に座っているようです。人々は彼の絵を欲しいと思いました。そ
の絵を見て、ほっとしたいのです。
絵描きは、まもなく前より大きな家を建てるだけのお金を手に入れました。仏画師良秀は当時の
人々に一流の絵描きと言われました。
















































