夜の声
よるのこえ

2025/3/26(水)

あらすじ

我堀英一は、大手IT企業の冷酷なCEOとして知られていた。平日は手厳しい判断で社員の首を断ち、会社の顔として輝くが、週末になると、彼は全く異なる顔を見せる。街角の古びたダンボールハウスに身を寄せ、ホームレスとして静かに過ごすのだった。

ある雨の夜、いつものようにダンボールハウスで身をひそめていた我堀は、ふと足音に気づく。軒下に逃げ込んできた一人の若い女性――ユリ。追手から震える声で「助けてください」と呟く彼女を、ためらいなく中へと迎え入れた。最初は急かすように「早く家に帰れ」と促した彼も、彼女の恐怖と切実な瞳に心を打たれ、暖かい食事と寝床を差し出す。こうして、ダンボールハウスは二人だけの小さな隠れ家となった。

日々が静かに過ぎる中、言葉少なながらも互いの存在に支えられる二人。ユリは、ホームレス姿の我堀に無償の優しさを注ぎ、家事や食事の世話をするようになる。そしてある日、我堀はふと一計を案じ、彼女に自分の会社の入社試験を受けるよう促す。驚くべきことに、ユリは試験に合格し、日中は企業で働く一方、夜は変わらずダンボールハウスで一緒に過ごすという、二つの世界が交錯する生活が始まった。

しかし、ユリは気づいていなかった。昼の厳しい顔と夜の温かな顔が、実は一人の男に宿っていることを。年月が流れる中で、我堀の心は一層複雑に揺れ動き、遂には満月の夜、彼は決心する。月光の下、ダンボールハウスの前で指輪を差し出しながら、静かにプロポーズの言葉を告げたのだ。

その時、ユリは優しい微笑みを浮かべながらも、不意に問いかけた。「あなたのこと、もっとよく知りたかったの。どうして、昼と夜で全く違うの?」その瞬間、我堀の胸は高鳴り、全ての秘密が露わになる予感に震えた。

ゆっくりと、ユリは口を開いた。「気づいていたわ。あなたの冷酷なCEOとしての顔も、私に優しくしてくれるホームレスの姿も、全部同じあなただと……」驚愕と戸惑いの中、我堀は言葉を詰まらせたが、やがて全ての真実を涙ながらに打ち明けることにした。すると、ユリはしばらくの沈黙の後、静かに告げたのだ。

「あなたが見せた真実は、私が求めていたもの。その二つの顔こそ、あなたの魅力。でも、これからは隠さず、ありのままのあなたであってほしい。」

しかし、次の瞬間、ユリの表情は曇り、そして忽然と姿を消してしまった。翌朝、ダンボールハウスの跡には、差し出された指輪と一枚のメモだけが残されていた。そこにはただ、「真実の愛は、時に重すぎる」と記されているだけだった。

我堀は、その一言に自己の二重生活の重さと孤独を痛感し、真実と愛の狭間で永遠に彷徨う運命を悟った。彼の切なくも奇妙な物語は、今も夜の静寂に溶け込み、語り継がれている。


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