トラウマ
とらうま

2025/3/26(水)

あらすじ

彼女はいつからか、周囲の人々の顔がまるで仮面のように無機質に見えるようになっていた。その現象は、深い苦痛と抑圧された記憶の表れであり、誰にも話せぬ過去の闇を映し出していた。

大学時代、ある日キャンパスの薄暗い廊下で、彼女は恐怖に凍りついた。教授が執拗な視線を向け、意図せず彼女に迫ろうとしたその瞬間、突如ひとりの男が現れた。男は咄嗟に彼女を庇い、混沌とした状況の中で、必死に教授を阻止しようとした。しかし、激しい力のぶつかり合いのさなか、男の手にあった重い彫像が、偶然にも教授の頭部に激突。倒れた教授の姿は、彼女の心に深い傷と混乱を残した。

その日以降、彼女は恐怖と罪悪感に押し潰されるように、あの記憶を封印して生きてきた。人々の顔が次第に無表情なものに見えたのも、あの忌まわしい一日から逃れるため、無意識に心が作り出した防衛機制の現れだったのだ。

年月が流れ、彼女の苦悩は内面に深い溝を作るだけとなった。そんなある日、心の奥底に秘めた真実を知るため、医師の提案で催眠術のセッションを受けることになる。穏やかな声と温かな光の中、彼女は忘れ去っていた記憶の扉を、ゆっくりと開いていった。

催眠状態の中で甦るのは、大学時代のあの恐ろしい光景と、救いのため駆け寄った男の幻のような姿だった。だが、断片的な映像の中で、彼女は驚くべき違和感に気づく。男の顔はいつも、はっきりと捉えられず、どこか影のように霞んでいた。そして、すべての断片が一つの真実に収束する瞬間が訪れた。

彼女は衝撃の事実を悟る。あの日、教授から身を守るために現れたはずの男――その男は、実は彼女自身の内面に潜んでいた、封じ込めたもう一人の“自分”の分身であったのだ。恐怖と怒り、そして守りたいという強い願いが、絶望の中で具現化し、男という姿を取って現れた。しかし、その存在は彼女にとって救いであると同時に、抑えきれない罪の象徴でもあった。

催眠から覚めた彼女は、心の奥底に渦巻く苦悩と対峙することとなる。鏡に映る自分の顔を見つめたとき、そこにはもはやかつての無表情な他者の影はなく、一つの確かな顔があった。しかし、その顔の奥には、あの男の記憶と、封じ込め続けた自分自身との痛ましい融合が宿っていた。

最期の瞬間、彼女は理解する。救いのために現れた男とは、真実を逃れようとする自分自身の叫びであり、教授の襲撃は外部の脅威ではなく、内面の闇と対峙するための試練だったのだ。これが、彼女に課せられた運命のオチであり、もう一度自らの顔、そして本当の自分と向き合う覚悟を決する瞬間であった。


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