シャドウ・ボクサー
しゃどうぼくさー

2025/3/26(水)

あらすじ

森安竜夫は、一か月の昏睡から目覚めると、世界がまるでスローモーションになったかのように感じられることに気づいた。病院の静寂を抜け出し、ジムに向かう彼の胸には、不安と好奇心が入り混じっていた。初めてスパーリングに臨むと、相手の動作一つ一つが遅く映り、彼はその隙をついて正確無比なカウンターパンチを放つ。瞬く間に連勝街道を駆け抜け、メディアは彼を「シャドウ・ボクサー」と称賛した。

しかし、勝利の裏で竜夫は奇妙な違和感を覚えるようになった。リングに立つたび、まるで自分の意思とは別の何かに操られているような感覚。試合中、ふとした瞬間に自分の影が、どこか異なる存在のように映るのを目撃した。家族や仲間たちも、彼の瞳の奥に宿る虚ろな光に気づき、不安を募らせた。

そして、宿敵と呼ばれる堀口拳次との再戦の日が訪れた。会場は熱狂に包まれ、観衆は彼の驚異的な動きに歓声を上げた。試合が始まると、竜夫はいつものように敵の動きをスローモーションで捉え、超人的な速さで反撃を続けた。しかし、決定的な瞬間、彼はふとリングサイドの鏡に映る自分の姿に目を奪われる。そこには、本来あるはずの温かみのない、黒い影がひとつ、異様な佇まいで重なっていたのだ。

その瞬間、恐ろしくも明確な真実が竜夫を襲った。彼が得たはずの超人的な反射神経や驚異の速さは、自らの内面に潜むもう一つの存在―昏睡中に体内へ忍び込んだ“影”が代行していたのだ。全ての勝利は、彼自身の意思ではなく、その謎めいた存在によって操られていた。拳次との一戦で、その力は頂点に達し、会場は歓声とともに凍りついた。

試合終了後、疲労困憊の竜夫はリング上で崩れ落ちた。周囲の人々は、栄光の裏に潜む呪いと彼が失った人間らしさに唖然とするしかなかった。誰もが認めざるをえなかったのは、彼の得た力が決して祝福ではなく、奇妙な運命の結末への伏線であったということだった。


: 50


寓話

物語

関連

© 2025 新解釈物語 | All Rights Reserved.