あらすじ
きむらたかは、もやのむらさのかわべでめをさました。しずかなかぜにまぎれて、ふとひかる『さんずのかわ』のかんばんにたたずむかのもよおし。『わたしは、もうしんだのだろうか…』とぼんやりつぶやくと、かなたにそびえるしょっぴんぐもーるがあらわれた。その巨大なすがたに、たたかのこころはくるうようなあんじきをおぼえた。
そのもーるは、とうにせいぜんのいみをかかげる『さんずのかわあうとれっとぱーく』であった。そこでかれをむかえたのは、ひかげのようなそんざいサイノ。やさしいこえで『ようこそ』とつぶやくと、かれはこのあやしなるせかいのルールをしらされた。ここでは、せいぜんでのざんさいによりあつめる『とく』というかちが、らいせいでのじぶんをかたちづくるためのざいせいとしてひとにあたえられるという。
たった6まいのこせんしかもたず、あたらしいじんせいへのきぼうをかかげるたかは、あるひ、せんたくのとちゅうで、しょうねんたなかはるととであった。はるとは、せいぜんではびょうきのためうんどうもままならなかったが、らいせいではだいぼくしゅになりたいという、あかるいゆめをもっていた。はるとのひとことが、たかのなかにあったひそかなねがいをよみがえらせる。かれは、かつてしょくばのびょういんで、ただひとりやさしくみつめてくれたおとめ、だいはらめいのことをおもいだす。めいは、たかのまなこにやさしいうつくしさをみたといい、そのひかりがたかにあたたかさをあたえていた。
たかは、アウトレットぱーくのなかをあるいて、いろいろなみせのもようにこころをときはなす。デジタルなかおりをもつカフェや、かげとひかりがちじょうするマーケット、さらには、じぶんのむねのうちにおさめたゆうきをあつめるためのひみつのみせまで。かれはあやしいうわさをたどり、ついにひかりのドアのまえにたどりつく。そのドアのむこうからは、かつてだいはらめいとしてあいされたすがたが、ほんのわずかなかなしみをたたえてたたえてあらわれた。
めいは、ひかりをこめたやわらかいこえでささやく。「あなたがさがしていたのは、わたしではなく、あなたごじしんのゆうきだったのです。」そのいちことがとつぜん、アウトレットぱーくじゅうにひびくとともに、かれはじぶんじしんのなかにひそむあやしいかがみをみはじめた。サイノがすそよかにもういっかいつぶやく。「とくのほんとうのかちとは、じぶんをうけいれるこころのゆうきです。」
そのとき、もやとしんみりしたせかいがすべてとけあわせ、たかはじぶんのむねにしまいこんでいたかなしみやあせくれたゆめが、ほんとうのあかりへとかわるのをかんじた。6まいのこせんは、もはやかれのいのちそのものをあらわすかぎであった。ふたりのあい、そしてせかいのあやしさをゆるがすそのこえは、たかにあたらしいせかいへすすむためのしるしとなった。
ふと、もやがかすみ、きむらたかはもとのかわべにもどっていることにきづく。しかし、かれのめには、かつてのかれとはちがう、あたらしいひかりがともっていた。アウトレットぱーくでのきみょうなたびは、じつはかれがじぶんじしんをみとめ、うけいれるためのむねのだいじなテストであったのだ。すべてがげんじつとゆめのあいだであやしくとけあわせ、たかはしんじつのせかいへと、あたらしいいっぽみずつすすんでいった。

















































