不眠症
ふみんしょう

2025/3/26(水)

あらすじ

中川栄一は、日々の慌ただしさに揉まれる一人のサラリーマンであった。毎晩、薬の副作用すらも感じながら闘う不眠症に、心身ともに疲弊していた。家に戻っても、妻は仕事の進捗だけを気にし、彼の苦しみには目を向けなかった。孤独と絶望が重なる中、彼の運命はある夜、街角で出会った怪しげな医師の一言で大きく動き出す。

「夢幻倶楽部──そこでは、命を賭した治療法がある」という医師の薦めに、好奇心と最後の望みを胸に、中川はその場所を訪れた。倶楽部の扉を開くと、薄暗い廊下と不穏な音楽が彼を迎え、妙な緊張感が場内を支配していた。そこには、同じように不眠に悩む者たちが、運命に身を委ねる覚悟で集められていた。

治療は、いわゆるロシアンルーレット形式。小さな部屋に通されると、テーブルの上には回転する銃と、唯一装填された一発の弾だけが置かれていた。担当者の淡々とした口調で「一度足を踏み入れたら、途中下車はできない」と告げられ、恐怖と希望が交錯する中、栄一は運命を受け入れる決意を固めた。

彼が引き金を引いた瞬間、銃はかすかなクリック音を響かせた。突然、薄闇の中から聞こえたのは、かつての懐かしい声──それは、遠い記憶の中で優しく微笑んでいた妻のものであった。幻影となった妻は、静かに「これであなたは本当の眠りへと辿り着ける」と囁く。すると、部屋の明かりが温かく変わり、全身に心地よい安心感が広がった。

その瞬間、中川は悟った。夢幻倶楽部とは、実際の施設ではなく、長い苦しみの果てに心が生み出した最後の治療法であったのだ。極限状態で向き合った自身の恐怖と闇が、彼に眠りと再生をもたらすための幻の舞台だった。翌朝、目覚めた中川の顔には、初めての穏やかな安堵と幸福が浮かんでいた。


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