顔色
かおいろ

2025/3/26(水)

あらすじ

朝の通勤バスに乗った八重子は、窓際に座る一人の男に気づいた。男はどこか遠くを見つめ、顔全体が青白く、不気味なまでに色あせていた。普段の喧騒の中で、その異様な姿は、まるで時が止まったかのように感じられ、八重子の心に静かな恐怖が忍び寄った。

その日の夜、リビングでテレビをつけると、ニュースが大きな事故の衝撃を伝えていた。報道によると、バスに乗っていた男は、前夜の交通事故で命を落としていたという。偶然に思えた男の顔色と死の報せ。その関連性に、八重子は胸騒ぎを覚え、自分にも何かが起ころうとしているのではないかと不安に駆られた。

翌朝、出勤途中にオフィスビルへ足を踏み入れると、そこにはまたしても異様な光景が広がっていた。普段は活気に満ちる同僚たちの顔が、次々と青白く変わっているのだ。最初は寝起きの疲れかと思われたが、その顔色は決してただの疲労ではなく、すでに生命の輝きを失ったかのように凍りついていた。

昼休み、心細さに耐えかねた八重子は、久しぶりに母に電話をかけた。母は、幼い頃から語り継がれる家族の伝説―祖母が持っていた“死の予兆”の力―について静かに語り始めた。「あんたにも、その血が流れているかもしれない」と。その言葉に、八重子は不吉な予感とともに、自分の運命を改めて疑うようになった。

不穏な空気が漂うオフィスで、突然一人の同僚が倒れる事件が起こると、恐怖は最高潮に達した。運命の歯車が狂い始めたかのような感覚に、八重子は自らの未来を見透かすかのような奇妙な力を感じ取った。

その夜、どうしても答えを求めた八重子は、幼少期に祖母と語り合った小さな祠を訪れた。蝋燭の淡い灯りの下、ふと祖母の面影が幻のように現れる。幽かに響くその声は、「あなたは、既にこの世を去った魂。あなたの定めは受け入れられている」と告げた。その瞬間、背筋が凍る思いとともに、八重子は己の内に潜む恐ろしい真実に気づく。

家に戻った八重子は、震える手で鏡を覗いた。そこに映る自分の顔は、次第に蒼白さを増し、まるで他者のような不自然な笑みを浮かべていた。虚空からのかすかな囁きが部屋に響いた。「あなたは長い間、死者としてこの世界に留まっていた」。その言葉とともに、すべての記憶が闇に染まり、八重子は初めて自分が生者ではなく、すでに命を落とした存在であったことを悟った。

鏡の中の影は、静かに闇へ溶け込むように消え、八重子は永遠に果たされぬ運命を背負い、あの世とこの世の狭間で彷徨い続けるのであった。


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