聞こえる
きこえる

2025/3/26(水)

あらすじ

田崎功は、名高いレコード会社のディレクターとして知られ、完璧を追い求めるあまり、部下やアーティストから厳しい批評を浴びせられる存在だった。自らの高い要求が原因で孤立し、誰にも打ち明けられぬ寂しさを抱えていた。ある日、仕事中にふと、自分の耳がこれまで以上に敏感になっていることに気付く。オフィスのざわめきの中で、遠くの紙擦れの音や、壁の隙間から漏れる風の音さえ、彼にははっきりと聞こえていた。

その異変は、ガールフレンド美紀への電話で頂点に達する。いつもの穏やかな会話の合間に、彼は美紀の背後から、かすかなたばこの吸い殻の音を捉えたのだ。不安と疑念に駆られた田崎は、直感に従い、美紀の住むアパートへと急行する。玄関を開けると、室内は静寂に包まれ、異様な香りも感じられなかった。しかし、奥の部屋に入った瞬間、かすかな燃える音が彼を迎える。足音に導かれるように進むと、そこには美紀の横顔とともに、どこともつかぬ影が浮かんでいた。

瞬間、田崎は凍りつく。目の前にあるのは、決して誰かの仕業ではなく、長年彼自身が封印してきた心の暗部――完璧さを追い求め過ぎた結果、内面に潜む孤独と恐怖が具現化したかのような存在だった。美紀は静かに告げる。「あなたが聞こえているのは、私ではなく、あなた自身の叫びよ」。その言葉に、すべての真実が明らかになる。田崎は、自身の内面と対峙せざるを得なくなったのだ。

最終的に、田崎は影と和解し、己の弱さも含めた全てを受け入れることにより、真の意味で『聞こえる』力を得る。すなわち、外界の微細な音だけでなく、自分自身の心の声にも耳を傾けることができるようになったのであった。


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