ベビートークA錠
やすだちあきとべびーとーくえーじょうのふしぎなはなし

2025/3/26(水)

あらすじ

安田千秋は、毎日離乳食を拒む息子との子育てに心身ともに疲弊していた。ある日、ふと立ち寄った町の小さな薬局で、どこか謎めいた眼差しの薬剤師が彼女に一箱のくすりを手渡す。箱には大胆に『ベビートークA錠』と刻まれており、まるで魔法のような輝きを放っていた。

その夜、絶望と孤独に押し潰されそうな気持ちから、千秋は薬剤師の助言に従い、ひと粒を口にする。最初は何事も起こらなかったが、深夜の静寂の中で、部屋に優しくも哀しげなささやきが漂い始めたのだ。やがて、普段一切口を開かない息子が、かすかな声で『かあちゃん、もうしってるでしょ?』と発した。驚く千秋に対し、息子は続ける。「あなたはね、おおきくなるべきじゃなかった。こころのあかりをみつけるために、ぼくらはこうあるのよ」。

その瞬間、千秋は自分自身の声にも変化を感じた。いつのまにか、彼女の言葉はどこか幼さを帯びた柔らかいトーンとなり、まるで自分の奥底に封じ込めていた無垢な声が呼び覚まされたかのようだった。気が付けば、息子の発する言葉以上に、自身の内面から溢れる「ベビートーク」が、彼女に忘れかけた愛情と優しさを取り戻させようとしていた。

朝日が差し込む頃、日常は元通りに見えたが、千秋の心にはあの奇妙な夜の体験が深く刻まれていた。無口に戻った息子の瞳は、どこか温かく、そして知的な輝きを宿しており、千秋は悟る。薬の真の効果とは、子どもに話させることではなく、むしろ母親自身の忘れかけた純粋な声を呼び覚まし、真のコミュニケーションへと導くためのカギであったのだ。こうして、千秋は新たな自分と母親としての本当の「べびーとーく」を歩み出す決意を固めた。


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