親馬鹿子馬鹿
おやばかこばか

意味

2024/10/5(土)

自分の子を溺愛する親は子の愚かさに気づかずに盲目的になり、子は親の愛におばれて常織に欠けた振る舞いをする。第三者から見れば、親も子も馬鹿に見えるということ。

あらすじ

親馬鹿子馬鹿の村

昔々、静かな村に、ぼんやりとした男の子が住んでいました。その名はタロウ。タロウの父親であるヨシオは、息子のどんな欠点も見逃し、彼を盲目的に愛する親でした。タロウが村で一番の馬鹿だと皆が言っても、ヨシオは「うちの子は素直で優しい」としか思わなかったのです。

ある日、ヨシオはタロウを連れて村の広場で開催される祭りに出かけました。楽しみにしていたタロウは、自分の好きな食べ物を選ぶため、屋台を食べ歩きました。しかし、タロウは何度も食べ物を選び間違え、結局どれも食べられないままお腹を空かせてしまいました。それを見たヨシオは「タロウは食べたいものをちゃんと考えているんだ!素晴らしい子だよ!」と自慢げに周囲の人々に話していました。

数日後、村で大事な会議が開かれました。村の長老たちが集まり、村のルールについての議論が行われている中、タロウは堂々と入ってきて「僕は村のリーダーになる!」と叫びました。しかし、彼の意見は支離滅裂で、村人たちは呆れ顔でタロウを見つめるしかありませんでした。それでもヨシオは「タロウの発言は独創的だ!」と拍手を送り、村人たちはますますタロウとヨシオのことを「親馬鹿子馬鹿」と評するようになりました。

そうした日々が過ぎるうちに、村の人々はタロウとヨシオの姿を見て、親子揃って愚かに生きることの滑稽さを理解し始めました。いつしか村の伝説となった「親馬鹿子馬鹿」の話は、他者には愛することが大切である一方で、その愛が盲目的であってはいけないと教える教訓となりました。村には新しい風が吹き、皆が互いを思いやる心を持つようになったのです。


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