朝謡は貧乏の相
あさうたいはびんぼうのそう

意味

2024/10/5(土)

朝から仕事もせずに謡をうたっているようでは、いずれ貧乏になるのは目に見えているという戒め。

あらすじ

朝のひととき

ある小さな町に、朝から晩まで謡をうたうことを生きがいにしている男がいた。彼の名はキヨシ。朝の光が差し込むと同時に、家の外で声を響かせ、「太陽が昇る」と歌い上げるのが日課だった。隣人たちは彼の独特な声に耳をふさぎながらも、その光景をなんとなく受け入れていた。

ところが、キヨシは仕事を持たなかった。彼のことわざ「朝謡は貧乏の相」を知悉する者はいなかったため、町の人々は彼の存在を奇妙に思いつつも、特に気にかけることはなかった。だが、時が経つにつれて、彼の貯金は底をつき、食べるものもなくなっていった。それでも、朝の謡は続けられた。

ある日のこと、キヨシの歌声がいつもよりも力強かった。その声が響くたびに、近所の子供たちが泣き出した。彼らは「また、おじさんの歌が始まった!」と目を閉じて耳をふさいだ。キヨシはその様子を心の底で軽く笑いながら、「これで俺の名声が広がるだろう」と考えていた。

最後には、キヨシは一文無しになり、その家の前には「貧乏神さま郵便局」と書かれた看板を立てることに決めた。町の人々は時折彼を訪れ、「おなかが空いてるのか?」と笑いながら笑い合い、キヨシはそれに対して「いや、暁の調べが俺を満たす」とふざけて答えていた。こうして、貧乏を謡った男は、結局のところ貧乏神そのものになってしまったのだった。


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