冬瓜の花の百一つ
とうがのはなのひゃくひとつ

意味

2024/10/5(土)

無駄が多いこと。

あらすじ

冬瓜の花と不器用な農夫

昔々、静かな村に一人の農夫が住んでいました。彼の名は田村。田村は一生懸命に耕作をしていましたが、どうも要領が悪く、いつも無駄な手間をかけていました。特に冬瓜を育てるのが好きで、毎年沢山の冬瓜の花が咲くのですが、実ができることはほとんどありませんでした。

ある年、田村はもっと冬瓜を育てようと決心しました。村の人々は彼を見て「冬瓜の花の百一つ」と笑いました。それでも田村はあきらめず、毎日花を水やりし、話しかけ、さらには音楽まで聞かせることにしました。その様子を見た村の人々はあきれ返り、田村の無駄な努力を笑い続けました。

しかし、ある日、思いがけないことが起こりました。田村が夜も寝ずに世話をしていると、空中から不思議な光が降りてきたのです。その光は冬瓜の花に宿り、次の日にはなんと大きな冬瓜が育っていました。田村は驚きと喜びでいっぱいになり、やっと村の人々に見せることができると喜びました。

それ以来、田村は「冬瓜の花の百一つ」なんてことわざは間違いだったと村の人々に教えました。でも、村の人々はそれを信じず、田村の不器用さを面白がっていました。それでも田村は毎年冬瓜を育て続け、そのたびに新たな奇跡を待ち続けたのでした。無駄に見える努力が、実は奇跡を呼び寄せることがあるのだと、村の人々は学んだのでした。


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