東雷雨降らず
ひがしかみなりあめふらず

意味

2024/10/5(土)

東のほうで雷のする時は雷鳴ばかりで、雨となることはない。

あらすじ

東の空に響く雷鳴

ある晴れた日のこと、村の東側から聞こえてくる雷の音が村人たちの耳に届いた。空は晴れており、雷鳴だけが響く。村人たちは不思議に思った。「雷が鳴っているのに、雨は降らない。おかしいな」と話し合っていた。

この村には一人の若者、太郎がいた。太郎は言った。「雷は不思議ですが、本当に重要なのは、雨が降らないと作物が育たないことです。このままでは農作物が枯れてしまうかもしれません。」村人たちは彼の言葉に耳を傾け、心配で顔を曇らせた。しかし、年長者たちは「雷が鳴るのは自然の証拠。心配することはない」と、太郎の言葉を軽視した。

しかし、その後も雷鳴は続き、結局雨は降らなかった。村は次第に乾き、作物は枯れ果ててしまった。村人たちは改めて太郎を見つめ、「どうしてお前の言葉を真剣に受け止めなかったのか」と彼を責めた。太郎は静かに首を振り、「私が何を言っても、皆さんが聴かなければ、何も変わりません。時には、真実を語ることが大切なのです」と答えた。

雷鳴の音ならぬ馬鹿騒ぎの中で、村人たちはようやく「東雷雨降らず」の意味を理解した。言葉だけでなく、その根底にある真実に気づくことで、彼らは初めて本当の雨の重要性に目覚めることができた。しかし、次の年もまた雷は響き続け、村は同じ過ちを繰り返すことになった。これが世の常であり、学びを生かすことの難しさを世に伝える教訓となった。


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