死に神
しにがみ

2024/10/19(土)

死に神の画像

あらすじ

夫婦が口げんか中。

「少しは稼いで来たのかい?」

「いや。だめだ。」

「近頃、少しの稼ぎもないじゃないか。稼ぎもなく家に帰ってくるんじゃないよ。

お前さんなんか豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ。出て行け!」

「豆腐の角に頭をぶつけて死ねねえよ。」

「死ねるわよ。出て行け!ろくでなし!二度と帰ってくるんじゃないよ!」

男は家を出ました。

「憎たらしい!家に帰ると、いつも『出て行け』。情けねいな!死んじゃおうか。川に飛び込んでやろ

うか。だめだ、銭はなくても泳ぎは得意だから。」

男は、道を歩いていくと、道端の大きな木に気づいて驚きました。

「大きな木だな!こんな所にこんな木があったかな。そうだ!首をくくって死んじゃおうか。初めて

やるからどうやるのかわからない。困ったな。」

「教えてやろうか。」

白装束の老人が目の前に現れました。骨と皮ばかりで、とうに八十を超えているようでした。顔や体

は皺だらけでした。

「教えてやろうか。」

「誰だ、お前は。」

「俺は死に神じゃ。首のくくり方を教えてやろうか。」

「死に神?あっちへ行け!」

「だめだ。お前さんがどこに逃げたって風に乗ってお前さんの所に飛んでいくよ。お前さんはまだ死

ねないよ。まだ寿命が沢山ある。死に神でも、まだ寿命のある奴は殺すわけにはいかないんだ。お前

さん、銭に困っているんだろう。私が言う仕事をしてみなさい。金儲けができるから。」

「首くくりの脚を引っ張るようなのはご免だ。」

「そんなんじゃない。医者をやれ。医者は儲かるぞ。」

「医者やるったって脈だってみたことはねえ。」

「心配することはねえ。長患いをしている病人を助ければ、立派な医者だ。長患いしている病人の所

に行ってみろ。そばに死に神が座っている。見えるのはお前さんだけだ。枕の方に座っていれば、も

う駄目だ。寿命はないんだ。死に神が足元に座っていれば、この人はまだ助かる。寿命があるんだ。

呪文を唱えろ。呪文を聞いたら、死に神はねぐらに立ち去らなければならない、っていう掟があるん

だ。」

「そんな呪文知らないよ。」

「教えてやるよ。でも死に神が枕元に座っていたら、手を出すな。えれいことになるよ!一遍しか言

わないぞ。よ~く覚えろ。『・・・・・・・』手を二つポンポンと叩いてみろ。」

「・・・・・・・?何ですか?もう一遍言ってくれ。」

男は手を2回打ちました。死に神は消えました。

「死に神さん!死神さん!・・・・消えちゃった。呪文を唱えたからかい。」

家に帰ると、上さんも子供も家を出て行った後でした。男は、台所のまな板に『いしゃ』と書いて、

軒下に吊るしました。一時(いっとき)もしないうちに、見知らぬ人がやって来ました。

「ご免下さいませ!」

「誰だ?大家さん?今月はちょっと待ってもらいたいんだ。来月まとめて払うってことで勘弁しても

らえねいか。」

「大家じゃないですが。」

「じゃ、米屋さん?」

「米屋でもないです。こちらはお医者さんのお宅ではありませんか?」

「医者?違うよ。俺は・・・・あっ、そうだ。なりたての医者ですよ。」

「すみません。お初にお目にかかります。私は日本橋の越後屋から参ったものです。」

「あの大店(おおだな)から来たの?」

「実は、手前の主が長患いで床についています。江戸の名医と言う名医に診てもらったのですが、皆

さん、『もう手遅れ』と言うことでした。困り果てて、ある有名な占い師に見て貰った所、『辰巳の方

角に、『いしや』という看板が掛かった家がある。そこに住んでいる医者が助けてくれる』と言うので、

ここに参りました。治していただけましたら、お礼はたっぷりさせていただきます。」「治したら銭

をくれるの?本当かい?すぐ行きましょう。」

大店にやって来ました。なるほど、病人の足元に死に神が座っていました。

「しめた!助かるぞ。」

「見ただけでわかるのですか?江戸中の名医と言う名医が匙を投げました。」

「わかるよ。助けたら、本当に幾らかいただけるの?」

「勿論です。幾らでも差し上げます。」

「なら、すぐやりましょう。私は、医者だけど、まじないの方もやっているんです。今日は、まじな

いで治しちゃうよ。『・・・・・・』パン!パン!」

死に神がスーといなくなるやいなや、瀕死の病人が目を開けて、話し始めました。

「腹が減った。何か食べたい。」

「ありがとうございます!百両収めて下さい。」

うわさは町中に広がり、男は何度も何度も病人を治してくれるよう頼まれました。十中八九、死に神

は患者の足元に座っていました。

男はどんどんお金が入ってくると、妻と子どもにいくらかの銭をを渡しておっぽり出し、自分は大き

な家に住み、贅沢三昧の生活を送りました。男は、自分を生き神と思うようになりました。

死に神が枕元に座っている時は、すぐに立ち去りました。

「この人はもう手の施しようがないですね。」

男が玄関から出ると、病人は息を引き取りました。男は町の名医として知られるようになりました。し

かし、ある日から、大方、死に神は枕元に座っていました。男はそれでも放蕩三昧の暮らしを続けて、

だんだんと貧乏になっていきました。

「銭が欲しい。」

ある日、男のもとに女の人が訪れて来ました。

「ご免下さい。品川の大黒屋から参りました。主人が長患いです。診てもらえるでしょうか?お礼に

糸目はつけませんから。」

病人の家に行ってみると、死に神は枕元に座っていました。

「駄目だ。寿命がない。」

「そこの所を何とか・・・十五日だけもたせて頂ければ、千両差し上げます。」

「千両は欲しいが、・・・・」

「なら、十日もたせて下さい。二千両差し上げます。」

「喉から手が出るほど欲しいが・・・・」

「なら、五日だけでも、もたせて下さい。五千両差し上げます。」

「五千両?どうしても欲しい。助けてやりたいが、・・・」

「そこの所を何とか、先生のお知恵とお力で助けてください!」

「知恵?・・・ちょっとこっちへ来て。」男は女に囁きました。「屈強な男を四人呼んでもらえるかい.

一人ずつ、寝床の四隅においてもらいたいんだ。目で合図して、膝を叩いたら、寝床を回すんだ。頭

が足の所に、足が頭の所に。分かるかい?」

布団の四隅にそれぞれ男が座りました。夜中じゅう、死に神は病人をじっと観ていましたが、朝方死

に神はこっくりこっくり船を漕ぎ始めました。

「今だ!」男は目配せをして膝を叩きました。四人は寝床を持ち上げるとすばやく回しました。

「・・・・・・・」パン!パン!

死に神は目を開けて、驚きました。病人の枕元に座っていたのに、足元に座っているではありません

か。呪文を聞いたので、立ち去らなければなりません。

「お医者さま、主人を助けていただいて本当にありがとうございます。お約束のお礼でございます。」

その晩、男が小料理屋で一杯やっていると、あの老人が現れました。

「えれいことをしてくれたな。お前さんに見せたいものがある。俺の後を付いて来な。」

老人は暗闇の中を、男を後ろに連れて歩きました。

「そんなにずんずん行かないでくれよ。真っ暗で何も見えねえよ。ここはどこだい?」

「こっちへ来な!」

二人は、ろうそくが沢山灯っているところに来ました。

「このろうそくは何だい?」

「これは人の寿命だ。」

「威勢よく燃えているこの芯の長いやつは、寿命がまだ沢山あるんだな。誰のだい?」

「気がついたかい。因縁だね。お前さんがおっぽり出したお前の子どものだ。」

「その隣で炎がパッパッと燃えている半分くらいのは誰だい?」

「お前さんの上さんだ。」

「今にも消えそうな短いやつは?」

「お前さんだよ。」

「何言っているんだよ。『お前さんにはまだまだ寿命がある』って言ってたよね?」

「お前さんの本当の寿命はあそこにある。お前さんは五千両に目が眩んで自分の命を売ったんだ。」

「知らねえよ。死に神さん。前のと変えてください。銭は要らないから。」

「駄目だな。一度、変えたものは二度と元に戻すわけにはいかないんだ。だから言ったろう。『枕元に

座っている死に神には手を出すな。えれいことになるよ』と。お前さんは自分の命を五千両で売った

んだ。」

「銭はいらない。『寿命のある奴は殺すことができない』と言いましたよね。助けてくれよ!お願いし

ます。」

「しょうがねえやろうだ・・・灯しかけのろうそくがある。助かるかもしれない。」

死に神は男にろうそくを手渡しました。

「震えるな!震えると、消えるよ。消えると、死ぬよ。震えるな!」

「何も言わないでくれ。死にたくない。死にたくない。あ・・・あ・・・あ・・・」

「消えるよ。消えると死ぬよ。消えるよ。」

「あ・・・あ・・・あ・・・」

「消えた。消えた。お前さんは欲に負けたんだ。」

「でもしゃべっているよ。」

「お前さんじゃなくて、お前さんの魂がしゃべっているんだ。お前さんと会ったあの小料理屋に行っ

みろ。きたねえ身なりをして醜い姿のお前の死骸がころがっているよ。」


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