あらすじ
江戸時代、幕府は江戸にあり、諸大名は江戸と自分の領地を一年ごとに行き来しなければなりませんでした。
秋の晴れた日、ある若いお殿様は家来たちと気晴らしに遠乗りに出かけました。お殿様は世間知らずで、江戸郊外の目黒に来ると馬から降りて、家来たちに言いました。「もう馬に飽きた。君たちと走り比べをしたい。勝った者には褒美をあげる。」
家来たちは主君の命令に従い、走り始めました。お殿様は勢いよく野原を走り続け、家来たちは必死で追いかけました。「情けない!我が殿はもう切り株に座ってうちらを見ておられる。」と家来たちが言いました。
お殿様は誇らしげに「遅いではないか!」と言いました。その時、お殿様は「ここはどこだ?」と尋ねます。「ここは目黒でございます」と家来が答えました。
その時、近くの民家から焼き魚の良い香りが漂ってきました。「うまそうな匂いだ。走った後の空腹は格別だな」とお殿様が言いました。「そうでございます。誰かがさんまを焼いているに違いありません」と家来たちが小声で話しました。
「さんまとは何か?」とお殿様が尋ねます。「魚の名前でございます。秋のさんまは脂が乗っていてとても美味しいですが、お殿様には下魚ですので召し上がることはありません」と家来が答えました。
お殿様は「余はさんまを食べてみたい。早く持って来い」と言いました。家来たちは七輪で魚を焼いている年寄りを見つけました。「申し訳ないが、あちらに座っている我が殿がその方のさんまを召し上がりたいそうだ。一匹分けてもらいたい」と頼みました。
「お安い御用です。どうぞ」と言われ、お殿様は生まれて初めてさんまを食べました。香ばしい匂いと醤油の味にご満悦でした。「うまい!こんなに美味しい魚は初めてだ。あの人に過分な褒美を与えよ!」と言いました。
その日から、お殿様は一日たりともさんまのことを忘れることがありませんでした。当時、お殿様が食べる魚は高級魚だけでしたが、さんまを知ってしまったお殿様はその味に恋い焦がれました。「さんまが食べたい、もう一度食べたい」といつも口にしていました。
家来たちはお殿様の願いを理解し、日本橋の魚河岸から一番良いさんまを取り寄せました。余分な脂を取るためにしっかり蒸され、骨も丁寧に取り除かれました。
「殿、ご注文のさんまでございます。ご賞味ください」と家来が言いました。お殿様はそれを見て、「何だ、これがさんまか?さんまは黒く焦げているはずだ。これは違う魚だ」と言いました。
匂いをかぐと、かすかにさんまの匂いがしました。「これは本当にさんまか?」とお殿様が疑問に思いました。「まさしくさんまに間違いありません」と家来が応えました。「さて、このさんまはどこから取り寄せたのか?」とお殿様が訪ねました。「日本橋の魚河岸からです」と返事がありました。
「それはいかん。さんまは目黒に限る。」とお殿様が言いました。










