盗人にも三分の理
ぬすびとにもさんぶのり

意味

2024/10/5(土)

盗人が盗みを働くにも、それなりの理屈があるということ。どんなことでも、理屈がこじつけられるたとえ。

あらすじ

盗人とその理屈

昔々、ある村に「泥棒の太郎」と呼ばれる男が住んでいました。太郎は、村の人々から嫌われていましたが、実は彼には独特の「理論」がありました。盗みを働くとき、彼はいつも自分の行動に正当性を見出し、「盗人にも三分の理がある」と言い訳していたのです。

ある日、太郎は村で非常に大きなスイカを見つけました。長い間飢えていた彼は、スイカを自分のものにすることを決意しました。しかし、村人たちからスイカを盗む理由を見つけられなければ、また嫌われてしまうと考えました。そこで、太郎は村の子供たちに言います。「お前たち、スイカを盗むのは、村の健康のためなんだ!夏に暑いから、みんなにジュースを作るために必要だろう?」

子供たちは太郎の言葉に感心し、彼の計画を手伝うことになりました。スイカを盗み出すと、太郎はそのスイカを切り分けて子供たちみんなにふるまいました。村人たちも、太郎の「夏の健康促進活動」に無理やり納得し、スイカを喜んで食べました。

やがて、村の人々は太郎の言葉に嫉妬し、彼を盗人にするのではなく、「スイカの智者」として崇めるようになりました。「盗人にも三分の理」とはこのことだと、村人たちは教訓を得たのでした。そして、太郎はその後もさまざまな「理屈」を使い、村の人々を笑わせ続けました。


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