積善の家には必ず余慶あり
せきぜんのいえにはかならずよけいあり

意味

2024/10/5(土)

善行を積み重ねた家は、その報いとして子孫に必ず幸福がおとずれるということ。

あらすじ

積善の家には必ず余慶あり

昔々、ある小さな村に、善良な家族が住んでいました。家の名前は「幸村」。この家の人々は、村じゅうの人々に喜んでもらうために、常に手助けを惜しまず、助けを必要とする者には食事を分け与え、困ったときには助言を提供しました。そのため、村人たちは幸村を非常に尊敬し、いつも感謝していました。

ところが、ある日、幸村の長男が村の集会でお金持ちの商人に出会い、自分たちの善行を金で換算するような質問をされました。「あなたたちの善行、金銭に換算したらどれくらいになるのか?」と商人が言うと、長男は戸惑いながらも、思わず「それは、我が家の幸福に換算できるのではありませんか?」と答えました。この言葉を聞いた村人たちは、一瞬静まり返りました。

次の日から、幸村の人々は以前のように無償で手助けをすることをやめ、自分たちの善行の見返りを求めるようになりました。そして村の中で「善いことをしても、幸村のようには報われない」との噂が広まり、村人たちも手を出さなくなりました。すると徐々に、幸村の家には人々の笑顔が消え、いつの間にか孤独な家族に変わってしまったのです。

結局、幸村は善行を通じて得たもの以上に、失ってしまったものの方が大きいことに気づきました。しかし後には戻れず、教訓だけが残りました。「積善の家には必ず余慶あり」とは、善行の報いだけではなく、その善行を続けることで得られる絆や信頼が最も大切だということを、彼らは身をもって学んだのです。


関連


寓話

物語

関連

© 2025 新解釈物語 | All Rights Reserved.