あらすじ
雪駄の裏に灸
ある夏の終わり、町のはずれにある古びた旅館「雪駄屋」には、いつも長居することで評判の厄介な客、佐藤が泊まっていた。彼は料理を食べてはふんぞり返り、浴室に浸かっては一時間も出てこない。その姿を見て、女将の花子は頭を抱えていた。「いつか帰るでしょう」と思いつつも、彼の帰る気配は全く見えなかった。
ある晩、花子はとうとう決心した。昔から伝わる「雪駄の裏に灸」というおまじないを試みることにした。このおまじないは、あまりにも長居する客を帰らせるための知恵であり、誰もが気味悪がりながらも効果を実感していた。花子は台所から特製の唐辛子を取り、雪駄の裏にしっかりと押しつけた。
次の日、佐藤は何も知らずに雪駄を履いて外に出た。日差しが強まると共に、彼は次第に見えない灸の熱に気づき、靴を脱いでは足をかきむしった。「なにこれ、熱い!」と叫びながら、彼は驚きと戸惑いの中で走り出した。マグロのように弾む背中を見せながら、自らの雪駄を脱ぎ捨て、帰ることを決意したのだった。
花子はその様子を窓から眺めながら、静かに微笑んだ。「これでようやく静かに過ごせるわ」と思うと、彼女は普段の仕事に戻ることにした。しかし、数日後、また彼が戻ってくる音が聞こえる。彼は足元に何かを引きずりながら、再び長い滞在を始めた。どうやら、雪駄の裏の炎は、帰ってこないことを決定づけるには足りなかったようだ。




