子宝脛が細る
こだからすねがほそる

意味

2024/10/5(土)

「子は宝」とよく言われるが、その子のおかげで親は苦労するというたとえ。

あらすじ

子宝脛が細る

ある町に、夫婦の間にやってくる子供を心待ちにしているカップルがいました。彼らは「子供ができれば幸福が訪れる」と信じて、毎日一生懸命に子作りに励んでいました。それはまるで宝を掘り当てるかのような熱気でした。ついに、彼らはかわいい赤ちゃんを授かることができました。しかし、その瞬間から、彼らの人生は一変しました。

赤ちゃんが生まれると、彼らは毎晩のように泣き声に悩まされ、寝不足に。育児書を購入し、SNSで育児情報を探し回り、まるで新たな冒険を始めたかのように感じていました。しかし、日が経つにつれて、彼らの顔は青白く、目の下にはクマができていきました。子供は日ごとに大きくなり、親の体力を奪っていきました。「これが子宝による恩恵なのか?」と、二人は皮肉混じりに笑い合いました。

ある日、夫が子供を抱っこしながら言いました。「俺たち、宝を掘り当てたのに、宝石の代わりに石ころが出てきたみたいだな。」妻も頷きながら、「子は宝とは言うけれど、脛が細くなるのはまったく考慮されていないわね。」と返しました。彼らはお互いを見て、思わず笑ってしまいました。その笑い声は、疲れた心を少しだけ癒してくれるものでした。

やがて、数年が経ち、子供は元気に成長していきました。さらに新たな子供を望む気持ちも芽生えましたが、かつてのような期待ではなく、「また苦労が増えるのか」といった半ばあきらめのような思いが心を満たしました。それでも、夫婦はどうしても子供の笑顔には勝てるものがないと認識しており、家族の形はどんなに辛くても美しいものであるということを理解しました。子宝がもたらしたのは、笑いと涙の両方であり、そこにはブラックユーモアも呈しているのだったのです。


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